黒猫 サビ猫 毎日が三拍子

人生は三拍子、ときに変拍子。

「ずっとまともじゃないって、わかってる」

スピッツの30周年ライブに行ってきた。
 
初めてのスピッツライブが、記念すべき30周年のメモリアルライブの初日。
何となく申し訳ない気持ちがするが、これもご縁。チケットを譲って下さったR様、ありがとうございます。
 
30年間、トップランナーとして走り続けるバンドだけに、演奏される曲の一つ一つに、個人的な思い出がもれなく付いてくる。
ああ、この曲が流れていた頃は、あんなことがあったなぁ、あの曲のときはこうだったなぁ、とか。
きっと会場の一人一人が、同じ思いを抱いていたことだろう。
 
印象に残ったのは、会場いっぱいに骨太のギターロックの音が鳴り響く中、時折、一筋の光が射すように訪れる、透明な静けさ。
それはどこか詩人の朗読会の風情にも似て。
 
ふと思った。
この不思議な空気は、もしかしたら30年間、彼らを支えたファンたちによって自然に醸し出されたものかもしれないな、と。
 
スピッツの「正夢」という曲の中に、
「ずっとまともじゃないってわかってる」という印象的な一行がある。
 
「まともじゃない」のではない。
「まともじゃないとわかってる」のだ。
しかも「ずっと」!
 

この世の中が、A 自分はまともじゃないと公言して生きている人と、B 自分はまともだと勘違いして生きている人と、C 自分はまともじゃないとわかっているけれど、まともなフリをして生きている人、の三種類で構成されているとしたら(結局、世界にはまともな人なんていないのだ……)、長年、スピッツを愛し続けてきたコアなファンの人たちは、圧倒的に三番目、Cの人たちが多いような気がする。 

その内面に「輪廻の果てへ飛び下りよう」とする危うさを自覚しつつ、それをコントロールして表面的には穏やかに生きていく、切なくも自制的なスキルを持った人たち。
 
チケットを取ってくれた友人が、「草野マサムネという人はこの世とあの世の境界線に住んでいる人みたい」と言っていた。
言い得て妙。
スピッツとファンの集合意識が具象化した、神聖なる彼らのライブ会場には、その清らかな静けさの向こうに、どんな詩人や哲学者、宗教家でも生み出すことのできない、「もう一度キラキラの方へ登っていく」ための聖なる階段が用意されているに違いない。
 
 

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暮らすことは、旅すること

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静岡新聞社出版局から「Tabi tabi」Amazon CAPTCHAという本が創刊号された。
(わたしは「海辺に暮らす人」というページを担当しました)

 表紙には「近くて遠い旅をしよう」という言葉。
「近い」は、シンプルに物理的に「近い」という意味だろうが、
「遠い」には、色々な意味が込められていそう。
過去に、未来に、時には時空も超えた心の旅へ。

 もしかしたら「暮らすことは旅すること」なのかもしれない。
人との出会いや、大きかったり小さかったりの日々の出来事。
そんな「日常」を切符に替えて、
わたしたちは、毎日、旅をしている。
車窓を流れる景色が次々と変わるように、同じように見えるいつもの風景も、
「かけがえのない日常」という片道切符さえ手に入れたら、それはきっと同じじゃない。

 さて明日はどんな空だろう。
どんな匂いの風が吹くだろう。
幸せに色があるとしたら、たぶん明日見上げる空の色で、
匂いがあるとしたら、明日吹く風の匂いだ。

 

この本で紹介させて頂いた方たち。
皆さん、しっかりと地に足のついた海辺の暮らしをしつつ、でもちょっと虹の向こうの世界に住んでる妖精さんみたいな不思議な匂いもして。
お話を聞いている間、まさに日常の中で不思議な旅をしているような、いつもとは違う、澄んだ時間をギフトとしてもらったようだった。

 

二組とも、それぞれのブログで紹介して下さいました。
ありがとうございます。

●こばやしゆふさん
http://tchaw.exblog.jp/25646729/

●タラスキンボンカースさん
https://tarasukinbonkers.blogspot.jp/2017/03/blog-post_22.html?m=1

白いノートを文字で埋める、という幸せもあるよね

少し前にみたNHKのswitchという対談番組で、映画監督の西川美和さんが「ノートは武装」と言っていた。

対談中でずっと、黒革のカバーをかけたB5サイズのノートを膝に置いていた西川さんが、番組の終わりに対談相手のいきものがかり水野良樹さんから「メモ(ノート)を持たれているのがすごい怖くて……(笑)」と指摘された時の返答だった。確か西川さんは、「そうでしょう?これは武装だから、わたしの。カメラを構えているのと同じように、ノートを持っているとこっちが優位に立てるんです」と答えていたと思う。わたしも仕事柄、人と会って話す時、ノートを持つことが少なくないけれど、そういう発想は一度もなかった。新鮮だった。

わたしの場合は悪筆のため、むしろ人前で字を書くことはコンプレックス。ノートを見られるのは恥ずかしいので、西川さんと同じように膝に置き、ページを開いていても、武装どころかその存在をどうにか隠していたかった。
そうか、武装か。なるほど、我々はこれを持つと強くなれるんだ。
そう思ったら、わくわくしてきた。
ノート、最強じゃないの。そしてわたしは西川さんの真似をして、革のノートカバーを手に入れて、今年の目標を「なるべくたくさんノートに文字を書く」ことに決めた。

 

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洗濯ものとザッハトルテと

朝起きたら、まず洗濯ものがよく乾くかどうかを確認する人生を、もう何十年も続けている。

空を見上げ、天気予報を確認し、よく乾きそうな日はそれだけで幸せになれるのだから、そんな風にちまちました幸せを重ねていく人生も悪くないと思う。

さて今日は愛するザッハトルテのライブ。終演後は、いつも一緒に音楽を楽しむ友人たちとご飯でも食べに行こう。お酒も飲もう。

音楽と友とご飯とお酒。ちまちまどころか大きな幸せだ。

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夏の終わり、階段の途中

清掃、点検作業のため、いつものようにホウキとチリトリを手にマンションの5階の共用廊下を歩いていたら、207号室のカイトくんが、iPhoneからつながったイヤフォンを耳にさして階段の手すりにもたれかかっていた。通っている中学の夏の制服姿。そうか、今日から新学期なんだ。

カイトくんの家は一階なので、どうしてこんな所にいるんだろうと、「ポケモンでもやってるの?」と声をかけてみた。するとカイトくんは、「今日、早退してきた」と言う。「(早退しない)他の子たちの帰る時間は11時50分だから、それまでここにいるんだ」と。

そうか、早退してきたことを、家の人に知られたくないから、マンションの上の階で他の子の下校時刻まで時間をつぶしていたんだ。今日は暑いし、他の入居者の人にへんな目で見られてもかわいそうなので、「管理人室に行く?」と提案してみたら、カイトくんは素直についてきた。

カイトくんの家の家族構成はちょっと複雑で管理人のわたしもちゃんとは把握していない。わたしがよく顔を合わせるのは、カイトくんの祖父母と妹、それとたまに会う朝方、タクシーで夜の仕事から帰ってくる巻き髪の叔母さんだけで、お母さんやお父さんには一度も会ったことはない。基本、彼と妹を育てているのは、おじいちゃん、おばあちゃんらしい。彼らはちょっとクセがあって、いわゆる「普通の人たち」とはどこか違う匂いはするが、二人とも人間味のあるいい人たちで、孫をとても愛しているのが伝わってくる。ただ、この「ちょっとクセがある」が文字通り曲者で、ここだけの話、入居者の中にはマンション内で何か問題がおこるとすぐに、この家族のせいにする人もいる。トラブルの一つ一つを詳しくは書けないが、カイトくんとその友人たちは、他の入居者から少しだけ白い目で見られていた。

冷房のきいた狭い管理人室の中で、居心地がいいのか、悪いのか、カイトくんは微妙な表情でわたしのすすめたパイプ椅子に腰掛けた。わたしはおばあちゃんから、カイトくんがしばらく不登校を続けていたこと、去年くらいからまた中学に通えるようになったこと、家族は行きたくなければ無理に学校に行かなくてもいいと思っていることを聞いていたので、「でもさ、おばあちゃん優しいし、こんなとこで時間つぶさなくても、早退したことバレても、別に叱られないでしょ」と言ってみた。するとカイトくんは、困ったような顔。そうか、わかった。
「おばあちゃんに心配をかけたくないんだ。優しいんだね」
カイトくんはてれくさそうに、にっと笑った。

しばらくおせっかいなおばちゃんトーク(中3だからもうすぐテストあるでしょ、勉強してる?とかカイト君にとって聞きたくないことをつい話題にしてしまう…)をした後、彼の耳にぶらさがったイヤフォンを見て、「音楽、好き?」と聞いてみた。すると「うん」と言う。
「どんなの、聴いてるの? いや深い意味はないけど、純粋な好奇心で」「RADWIMPSとか」。
「え?らっど…なに?」と聞き返すと、「映画の主題歌にもなってる。『君の名を』の…」と教えてくれた。
そうして、しばらく時間をつぶした後、皆の下校時刻になり、彼は帰っていた。

わたしは帰宅して、ネットでその「らっどナントカ」を検索してYoutubeで聴いてみた。
そうか、カイトくんは、皆と一緒に学校にいることができずに早退して、でも家にも帰れずに階段の手すりにもたれて、こんな曲を聴いていたのか。

少しだけ、ほんの少しだけだけど、カイトくんの気持ちに触れることができた、ような気がした。

 

youtu.be

ソノダさんの「お願い」

午前中だけ管理人の仕事をしているマンションの、4階に住むソノダさん(仮名)から階段ですれ違った時に、

「お願いがあるの。郵便ポストに新聞がたまっていたら様子を見に来てね。一人でこんな風に(と、両手をまっすぐに前に突き出して)、お台所の前で倒れて、死んでいるかもしれないから」

と頼まれた。

ソノダさんは一人暮らしの女性。年齢は70代後半くらい。息子さんがいらっしゃるが、遠く離れた街で暮らしているので会えるのは年に二度程だという。

とはいえソノダさん、まだまだお元気で「運動不足になってしまうから」と、週に2回のゴミ捨て時にはいつもエレベーターではなく階段を使っている。

わたしが箒を手に「あら、ソノダさん、こんなにお元気なのに」

と笑いとばすと、

「そんなことないのよ。まわりのお友だちがね、どんどん亡くなっていくの、近頃」

と真剣な顔。

これはちゃんと答えなくちゃと、わたしは笑顔から真顔に変えてソノダさんの顔をまっすぐに見て言った。

「大丈夫ですよ。ご心配なく。わたし、ちゃんと新聞、見てますから」

ソノダさんは、わたしの言葉に、ようやく安心したように笑顔になった。

 

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石けん

香りなんぞとうに消えた

使いふるしの石鹸のような気分のときは

むりやりにくちびるの端を持ち上げて

やんわりと笑ってみる。

不思議とこころもつられて

ふんわりと持ち上がる。

香っているか。薫っているか。

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