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黒猫 サビ猫 毎日が三拍子

人生は三拍子、ときに変拍子。

白いノートを文字で埋める、という幸せもあるよね

ふつうの日常

少し前にみたNHKのswitchという対談番組で、映画監督の西川美和さんが「ノートは武装」と言っていた。

対談中でずっと、黒革のカバーをかけたB5サイズのノートを膝に置いていた西川さんが、番組の終わりに対談相手のいきものがかり水野良樹さんから「メモ(ノート)を持たれているのがすごい怖くて……(笑)」と指摘された時の返答だった。確か西川さんは、「そうでしょう?これは武装だから、わたしの。カメラを構えているのと同じように、ノートを持っているとこっちが優位に立てるんです」と答えていたと思う。わたしも仕事柄、人と会って話す時、ノートを持つことが少なくないけれど、そういう発想は一度もなかった。新鮮だった。

わたしの場合は悪筆のため、むしろ人前で字を書くことはコンプレックス。ノートを見られるのは恥ずかしいので、西川さんと同じように膝に置き、ページを開いていても、武装どころかその存在をどうにか隠していたかった。
そうか、武装か。なるほど、我々はこれを持つと強くなれるんだ。
そう思ったら、わくわくしてきた。
ノート、最強じゃないの。そしてわたしは西川さんの真似をして、革のノートカバーを手に入れて、今年の目標を「なるべくたくさんノートに文字を書く」ことに決めた。

 

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洗濯ものとザッハトルテと

ふつうの日常

朝起きたら、まず洗濯ものがよく乾くかどうかを確認する人生を、もう何十年も続けている。

空を見上げ、天気予報を確認し、よく乾きそうな日はそれだけで幸せになれるのだから、そんな風にちまちました幸せを重ねていく人生も悪くないと思う。

さて今日は愛するザッハトルテのライブ。終演後は、いつも一緒に音楽を楽しむ友人たちとご飯でも食べに行こう。お酒も飲もう。

音楽と友とご飯とお酒。ちまちまどころか大きな幸せだ。

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夏の終わり、階段の途中

管理員の日常

清掃、点検作業のため、いつものようにホウキとチリトリを手にマンションの5階の共用廊下を歩いていたら、207号室のカイトくんが、iPhoneからつながったイヤフォンを耳にさして階段の手すりにもたれかかっていた。通っている中学の夏の制服姿。そうか、今日から新学期なんだ。

カイトくんの家は一階なので、どうしてこんな所にいるんだろうと、「ポケモンでもやってるの?」と声をかけてみた。するとカイトくんは、「今日、早退してきた」と言う。「(早退しない)他の子たちの帰る時間は11時50分だから、それまでここにいるんだ」と。

そうか、早退してきたことを、家の人に知られたくないから、マンションの上の階で他の子の下校時刻まで時間をつぶしていたんだ。今日は暑いし、他の入居者の人にへんな目で見られてもかわいそうなので、「管理人室に行く?」と提案してみたら、カイトくんは素直についてきた。

カイトくんの家の家族構成はちょっと複雑で管理人のわたしもちゃんとは把握していない。わたしがよく顔を合わせるのは、カイトくんの祖父母と妹、それとたまに会う朝方、タクシーで夜の仕事から帰ってくる巻き髪の叔母さんだけで、お母さんやお父さんには一度も会ったことはない。基本、彼と妹を育てているのは、おじいちゃん、おばあちゃんらしい。彼らはちょっとクセがあって、いわゆる「普通の人たち」とはどこか違う匂いはするが、二人とも人間味のあるいい人たちで、孫をとても愛しているのが伝わってくる。ただ、この「ちょっとクセがある」が文字通り曲者で、ここだけの話、入居者の中にはマンション内で何か問題がおこるとすぐに、この家族のせいにする人もいる。トラブルの一つ一つを詳しくは書けないが、カイトくんとその友人たちは、他の入居者から少しだけ白い目で見られていた。

冷房のきいた狭い管理人室の中で、居心地がいいのか、悪いのか、カイトくんは微妙な表情でわたしのすすめたパイプ椅子に腰掛けた。わたしはおばあちゃんから、カイトくんがしばらく不登校を続けていたこと、去年くらいからまた中学に通えるようになったこと、家族は行きたくなければ無理に学校に行かなくてもいいと思っていることを聞いていたので、「でもさ、おばあちゃん優しいし、こんなとこで時間つぶさなくても、早退したことバレても、別に叱られないでしょ」と言ってみた。するとカイトくんは、困ったような顔。そうか、わかった。
「おばあちゃんに心配をかけたくないんだ。優しいんだね」
カイトくんはてれくさそうに、にっと笑った。

しばらくおせっかいなおばちゃんトーク(中3だからもうすぐテストあるでしょ、勉強してる?とかカイト君にとって聞きたくないことをつい話題にしてしまう…)をした後、彼の耳にぶらさがったイヤフォンを見て、「音楽、好き?」と聞いてみた。すると「うん」と言う。
「どんなの、聴いてるの? いや深い意味はないけど、純粋な好奇心で」「RADWIMPSとか」。
「え?らっど…なに?」と聞き返すと、「映画の主題歌にもなってる。『君の名を』の…」と教えてくれた。
そうして、しばらく時間をつぶした後、皆の下校時刻になり、彼は帰っていた。

わたしは帰宅して、ネットでその「らっどナントカ」を検索してYoutubeで聴いてみた。
そうか、カイトくんは、皆と一緒に学校にいることができずに早退して、でも家にも帰れずに階段の手すりにもたれて、こんな曲を聴いていたのか。

少しだけ、ほんの少しだけだけど、カイトくんの気持ちに触れることができた、ような気がした。

 

youtu.be

ソノダさんの「お願い」

管理員の日常

午前中だけ管理人の仕事をしているマンションの、4階に住むソノダさん(仮名)から階段ですれ違った時に、

「お願いがあるの。郵便ポストに新聞がたまっていたら様子を見に来てね。一人でこんな風に(と、両手をまっすぐに前に突き出して)、お台所の前で倒れて、死んでいるかもしれないから」

と頼まれた。

ソノダさんは一人暮らしの女性。年齢は70代後半くらい。息子さんがいらっしゃるが、遠く離れた街で暮らしているので会えるのは年に二度程だという。

とはいえソノダさん、まだまだお元気で「運動不足になってしまうから」と、週に2回のゴミ捨て時にはいつもエレベーターではなく階段を使っている。

わたしが箒を手に「あら、ソノダさん、こんなにお元気なのに」

と笑いとばすと、

「そんなことないのよ。まわりのお友だちがね、どんどん亡くなっていくの、近頃」

と真剣な顔。

これはちゃんと答えなくちゃと、わたしは笑顔から真顔に変えてソノダさんの顔をまっすぐに見て言った。

「大丈夫ですよ。ご心配なく。わたし、ちゃんと新聞、見てますから」

ソノダさんは、わたしの言葉に、ようやく安心したように笑顔になった。

 

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石けん

ふつうの日常

香りなんぞとうに消えた

使いふるしの石鹸のような気分のときは

むりやりにくちびるの端を持ち上げて

やんわりと笑ってみる。

不思議とこころもつられて

ふんわりと持ち上がる。

香っているか。薫っているか。

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まちの、灯りと。

ふつうの日常

市会議員に立候補した友だちの応援のために選挙カーに乗ったことがある。
スタッフはボランティア。路地をゆっくりと、くまなく走り、小さなスペースがあると車を停め、伝えたいことを自分の言葉と声で伝えるために演説をする。そういう選挙活動だった。

同じ道を走るのでも、自分の車で普通に走るのと、選挙カーに乗って走るのとでは、見える景色がぜんぜん違う。

そんなことにわたしは気付いた。


一つ一つの住宅の窓。そこからこぼれる暮らしの匂い。夕暮れ時の小さな窓から発光するいのちの息吹。
わたしはそこに、日常という、かけがえのない宝の持つ、途方も無い力を感じた。
わたしたちはこの地球の上で、小さなまちをつくり、一日一日を笑ったり、泣いたり、怒ったり、悲しんだりして生きている。
そんなシンプルな真実を教えてくれる、何の変哲もない家々の、一つ一つの窓の灯りのすべてが、わたしにはとても愛おしかった。
日常。いのち。愛。
すべては目に見えないものだけれど、選挙カーから見えた窓の灯りに、わたしはそれらの欠片と輝きが見えた気がした。

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猫の手土産

ふつうの日常

もう去年のことになってしまったけれど、書いておく。

91歳で一人暮らしの義父(以後おじいちゃん)の話だ。

 

おじいちゃんは少し認知症が入っているので、息子である夫が食事の世話を兼ね毎日、朝晩、様子を見に行っている。その日もいつものように夫が仕事帰りに訪ねると、玄関先にマドレーヌの詰め合わせが置かれていた。
「これ、どうしたの?」と夫がたずねると、おじいちゃんは「猫がなぁ、飼ってくれって言って、置いていっただよ」と言う。
えっ、何だそれ。猫が自分で持ってきた?おじいちゃんのボケもついにここまで来たか。
夫も、その話を聞いた私も驚いたが、飼ってくれと自分で手土産を持って頼みに来た猫のビジュアルを想像すると何だか可笑しいし、マドレーヌも別にあやしい雰囲気ではないので、きっと誰か親戚でも差し入れてくれたんだろうと、そのまま頂くことにした。

 

数日後、同じ玄関先に、今度は袋に入ったみかんが置いてあった。
「どうしたの?」とたずねると、おじいちゃんは言う。
「猫がなぁ、飼ってくれって言って、また置いていっただよ」
「どんな猫だった?」と少し突っ込んでみると、白と茶のトラ猫だと言う。
そういえば二軒先のお宅の前辺りをいつも散歩している茶トラがいる。もしかしたらおじいちゃんは、その猫のことを言っているのかもしれない。
なんかヘンなの…と訝りつつも、脳天気な私たち夫婦はあまり深く考えずに、「おじいちゃん、すごいね。猫がおみやげ持って来るなんてごんぎつねみたいじゃん」と、そのみかんを遠慮なく頂くことにした。

 

そしてまた数日後。
謎は一挙に解けることになる。

 

その朝、夫がおじいちゃんの家を訪ねると、玄関先から猫を抱えた70代少し手前くらいのおばさんが出てきた。
おばさんは夫を見ると頭を下げ、「本当にいろいろお世話になりました」と、丁寧にお礼を言う。
わけが分からないといった風の夫の顔を見て、おばさんは説明してくれた。
ご近所の一人暮らしの老婦人が亡くなり、友人だったおばさんは、飼っていた猫の引取り手を求め、町内中を探し歩いたという。しかし、そんなに簡単に猫の飼い主など現れるわけもなく、困ったおばさんはおじいちゃんのところにたどり着いたそうだ。
「うちはアパートなので飼えないし、ご近所を回ってもどこも引き取ってくれなくて…。そんな時、こちらのお庭で飼わせてもらえることになり、たいへん感謝していたんですよ」
そう言っておばさんは、猫を抱きながら、夫にまた深々と頭を下げた。
えっ、庭で猫を飼っていた!?
あっけにとられている夫におばさんは続ける。
「でも…猫の具合が悪くて。心配なので、やっぱり私のアパートで面倒みようと思います。本当に今までお世話になりました」
夫がおばさんの抱いた猫に目をやると、両目には目ヤニらしきものがこびりついている。
確かにあまり元気ではなさそうだ。
そして猫は、白と茶のトラ模様だった。

 

おばさんが帰っていった後、夫が庭を見回すと、庭木が伸び放題で枯れ葉やガラクタが散らばった片隅に、ダンボールの「猫の家」があった。
おばさんがつくったのか、おじいちゃんがつくったのかは定かではないが、その猫ハウスには風呂のフタで雨よけの屋根もつけられ、ちゃんと水とエサ入れも置かれていた。私や夫がまったく気づかないうちに、茶色い猫はそこでしばらく暮らしていたらしい。
おじいちゃんの発言は、妄想でもボケでもなかったのだ。
ただ、ちょっと言葉の言い間違いがあっただけで。

「猫飼ってくれって言っておじいちゃんのところにお菓子を持ってきた」んじゃなくて、「猫飼ってくれって言ってお菓子を持ってきた」んだよね…。
そして、その前に主語の「おばさんが」が抜けてたんだよね…。
確かに「ちょっとした」間違いだけど、それはとっても大きな違いだったよ…おじいちゃん…。

 

おじいちゃんの家には、まだ猫ハウスがそのままにして置いてある。
そして私は、今度はどんな猫が手土産を持ってそこの住人になるのかひそかに楽しみにしている。

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