黒猫 サビ猫 毎日が三拍子

人生は三拍子、ときに変拍子。

美しい爪

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去年の11月に亡くなった義父がまだ特養(特別養護老人ホーム)のショートステイを利用していた頃、施設利用の説明に来てくれたスタッフの一人にとても爪の美しい女性がいた。

年齢は20代半ばくらいだろうか。長い黒髪を後ろで一つに束ね、ユニフォームの水色のポロシャツをさらりと着た、福祉関係に従事する女性の定番の装い。可愛らしい顔立ちだが、爪以外の外見から受ける印象は、これといった主張のない地味なもの。しかし、清潔に切り揃えられているにも関わらず、ため息が出るほど長く、かたちの良い爪は、築50年の義父の朽ちかけた居間で、どこからか突然舞い降りた桜の花びらのように輝いて見えた。

もしかしたらそのまぶしさは、長年の家事や介護で、古い家と同じくらいくたびれた自分の粗野な爪と、無意識に比較してのものだったのかもしれない。でも、そんなわたしのコンプレックスなど軽やかに吹き飛ばしてしまうほど、彼女の爪は圧倒的に美しかった。

「では来週の水曜が空いていますから、早速、一泊してみましょう」
利用手続きのこと、必要な持ち物などを一通り説明し終わり、ボールペンをペンケースにしまう彼女に、わたしは心の声をしまっておけず、つい口に出してしまった。
「爪、綺麗ですね」
彼女は手を止め、驚いた風にわたしを見た。
「え……?」
「とても綺麗。ネイルが映えそう」
ペンケースを書類バッグに入れ、彼女はまっすぐにわたしを見て答えた。
「ネイルとか、できないんですよ。こういう仕事をしていますから」
そう言って微笑む彼女の顔は、少し誇らしげで、桜色の爪よりも、もっとまぶしかった。