黒猫 サビ猫 毎日が三拍子

人生は三拍子、ときに変拍子。

砂糖菓子のひとかけら

月に一度か二度、近所の特別養護老人ホームにボランティアに行っている。
ボランティアといっても、なんの取り柄も資格もないわたしは、そこの住民である爺さま、婆さまたちに会いにいき、一時間ほど、ただおしゃべりするだけだ。
そこで出会う人生の先輩たちの中には、何度、通っても「はじめまして」からスタートする人がいるかと思えば、最近めっきり記憶メモリが劣化してしまったわたしなんかよりずっと頭脳明晰な人もいる。

白い髪をボブカットにし、いつもうっすら薄化粧の美しい麻子さんもそんなクール&クレバーなお婆さまの一人。90歳近いというのに、所長以下、ホームにいるスタッフの名前もほとんど全員覚えている。同じ入居者の中に、年下のボーイフレンドだっている。

麻子さんの日課は、その仲良しの矢之助さんの車椅子を押しながら、6階にある自室から、エレベーターで一階の談話室にコーヒーを飲みに降りてくることだ。(このホームでは、コーヒーボランティアが2時から3時まで、コーヒーショップを開いている)
麻 子さんは、ここでコーヒーを飲む時は必ず、ソーサーなんてついていないホームの安物のコーヒーカップの下に、ティッシュペーパーを小さく折りたたんで敷 く。同席する矢之助さんとわたしにも、「はい、どうぞ」と、きれいに切りそろえられた細い爪を持つしわだらけの白い手で、カップに敷くティッシュを差し出 してくれる。決してカップをテーブルに直置きしたりなんかしない、エレガントな人なのだ。

こんな小さな所作一つとっても、「ただものじゃ ない」オーラが漂っている麻子さんは、ときどきわたしに、ティッシュを手渡すようにさりげなく、満 州、博多、京都にまたがる彼女の人生のストーリーの一欠片を話してくれる。それはまるでフィクションのように、壮大でロマンティック。だからわたしはいつ も、三時のおやつの子どものように、麻子さんにわけてもらった人生のひとかけらを、砂糖菓子のように、大切に味わうのだ。

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