黒猫 サビ猫 毎日が三拍子

人生は三拍子、ときに変拍子。

銀の翼と赤い空

いつもの老人ホーム。
91歳のAさんは、カレンダーをちらりと見てつぶやいた。
「今日(6月19日)は静岡大空襲の日だね」

Aさんは、静岡市の中心部、B町の生まれ。
68年前の真夜中、ご両親と弟と、防空頭巾の上から布団をかぶり、浅間通り商店街の軒下を這うように、浅間神社の赤鳥居をめざして逃げた。

その日は天気がよかったはずなのに、突然、空からパラパラと小雨が降ってくる。
と思ったら、それは油。
「燃えやすいようにと、焼夷弾を落とす前に最初に油をまいたのねぇ」

B29は驚くほど低空飛行で、頭上に迫ったジュラルミンの翼の色まで、Mさんははっきり記憶している。
「どんな人が操縦しているんだろう」
Aさんが、怯えながらも火の粉の舞う赤い空を見上げると、操縦桿をにぎっているアメリカ兵の表情まで見えた。
「あ、目があった!」と思った瞬間、機体から爆弾が落とされ、Aさんの斜め後ろにいた人がバタリと倒れ、動かなくなった。
「あれは私を狙ったのよ」と、Aさんは今でも信じている。

「こんなこと、今まで誰にも話したこと、なかった。話せてよかった。
私はほんとうに太平洋戦争が憎い。陸軍が憎い。東条英機が憎い」
30分以上話し続けた後、それまで、いかにも上品な奥様といった穏やかな話し方していたAさんが、鬼ような形相で、吐き捨てるように言った。

Aさんが今でも憎んでいるのは、アメリカ軍ではなく、
敗戦を知りつつも、降伏を拒否し、結果、広島、長崎、沖縄、特攻隊、学徒出陣と、多くの犠牲者を生んだ、大日本帝国陸軍なのだ。

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