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黒猫 サビ猫 毎日が三拍子

人生は三拍子、ときに変拍子。

夏の終わり、階段の途中

管理員の日常

清掃、点検作業のため、いつものようにホウキとチリトリを手にマンションの5階の共用廊下を歩いていたら、207号室のカイトくんが、iPhoneからつながったイヤフォンを耳にさして階段の手すりにもたれかかっていた。通っている中学の夏の制服姿。そうか、今日から新学期なんだ。

カイトくんの家は一階なので、どうしてこんな所にいるんだろうと、「ポケモンでもやってるの?」と声をかけてみた。するとカイトくんは、「今日、早退してきた」と言う。「(早退しない)他の子たちの帰る時間は11時50分だから、それまでここにいるんだ」と。

そうか、早退してきたことを、家の人に知られたくないから、マンションの上の階で他の子の下校時刻まで時間をつぶしていたんだ。今日は暑いし、他の入居者の人にへんな目で見られてもかわいそうなので、「管理人室に行く?」と提案してみたら、カイトくんは素直についてきた。

カイトくんの家の家族構成はちょっと複雑で管理人のわたしもちゃんとは把握していない。わたしがよく顔を合わせるのは、カイトくんの祖父母と妹、それとたまに会う朝方、タクシーで夜の仕事から帰ってくる巻き髪の叔母さんだけで、お母さんやお父さんには一度も会ったことはない。基本、彼と妹を育てているのは、おじいちゃん、おばあちゃんらしい。彼らはちょっとクセがあって、いわゆる「普通の人たち」とはどこか違う匂いはするが、二人とも人間味のあるいい人たちで、孫をとても愛しているのが伝わってくる。ただ、この「ちょっとクセがある」が文字通り曲者で、ここだけの話、入居者の中にはマンション内で何か問題がおこるとすぐに、この家族のせいにする人もいる。トラブルの一つ一つを詳しくは書けないが、カイトくんとその友人たちは、他の入居者から少しだけ白い目で見られていた。

冷房のきいた狭い管理人室の中で、居心地がいいのか、悪いのか、カイトくんは微妙な表情でわたしのすすめたパイプ椅子に腰掛けた。わたしはおばあちゃんから、カイトくんがしばらく不登校を続けていたこと、去年くらいからまた中学に通えるようになったこと、家族は行きたくなければ無理に学校に行かなくてもいいと思っていることを聞いていたので、「でもさ、おばあちゃん優しいし、こんなとこで時間つぶさなくても、早退したことバレても、別に叱られないでしょ」と言ってみた。するとカイトくんは、困ったような顔。そうか、わかった。
「おばあちゃんに心配をかけたくないんだ。優しいんだね」
カイトくんはてれくさそうに、にっと笑った。

しばらくおせっかいなおばちゃんトーク(中3だからもうすぐテストあるでしょ、勉強してる?とかカイト君にとって聞きたくないことをつい話題にしてしまう…)をした後、彼の耳にぶらさがったイヤフォンを見て、「音楽、好き?」と聞いてみた。すると「うん」と言う。
「どんなの、聴いてるの? いや深い意味はないけど、純粋な好奇心で」「RADWIMPSとか」。
「え?らっど…なに?」と聞き返すと、「映画の主題歌にもなってる。『君の名を』の…」と教えてくれた。
そうして、しばらく時間をつぶした後、皆の下校時刻になり、彼は帰っていた。

わたしは帰宅して、ネットでその「らっどナントカ」を検索してYoutubeで聴いてみた。
そうか、カイトくんは、皆と一緒に学校にいることができずに早退して、でも家にも帰れずに階段の手すりにもたれて、こんな曲を聴いていたのか。

少しだけ、ほんの少しだけだけど、カイトくんの気持ちに触れることができた、ような気がした。

 

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